GIN(銀) / バンコク / 霊能者  今を知り 過去を振り返り 未来を導く 人それぞれの道

プロフィール

GINのプロフィール

簡単ではありますが霊能者GIN(銀)としてのプロフィールです。

 活動名 GIN(銀)

名前の由来は 銀 を GIN にしてます。
年追うごとに渋く燻された感覚や人間になれる様にという自分自身への希望と お悩みを克服することで磨かれ輝くこともでき 経験によって傷も曇りも自分の色として違った表現にもなるというイメージが 金属の銀の変化と重なったイメージになったことからその名前を名乗っています。
ギンでもジンでも読み方はおまかせ。

 活動場所

現在は主にリモート(TV電話)のご相談が多いです。
LINEでご相談しております。
実際にお会いする形式も対応可能です。ご相談される方のご自宅が多いです。
(秘匿性が高いのも理由かと思います。もちろんカフェなど別の場所も可)
ご希望があればできるかぎりの対応は可能ですのでお問合せください。

霊能者としての基盤 / 霊能者GINのスタート

 不可抗力な出来事と不思議な体験の多さ

自分自身の行動を伴った体験と、自分ではどうにもならない状況や環境による影響と体験が常につきまとうGINの人生は、そのタイミングといい その遭遇、またそういう物事の引きといい その時系列は不思議です。また後述の 人魂(ひとだま)の話  色々をエピソード化 も一例にすぎず何れブログで綴りたいと思っております。 因みにブログは以下の2つでどちらもGINの人間味の表現のつもりで開始したもので考え方なども書いています。 また最近ではラジオアプリで音声放送などもしています。
声や表現の方法でなんとなく人間が現れていると思いますのでご参照くださいませ。

Stand.fm BKKの霊能者 GIN(銀)ラジオ

霊能者GINの渋~く効くSixth Sense Blog 

http://ginbkk.com/

 霊能者 スタートのきっかけ / 活動状況

幼稚園の頃から小学校低学年までいじめられっ子で酷い虐めにあい登校拒否などがありました。そこで培ったであろう他者を読む力、それは性格や性質の判断の特化という事ですが、それにしても「どうしてそこまでわかるの?」という部分が付きまとった多感な時期でした。 他人を読む力が異様に長けていて上記以外にも どうしてそういった性格になったのか、何が要因で困っているのか などの要因まで突き止められる部分がありました。 それが何故なのか理解できず年齢を重ねて考えがまとまるまで過ぎた時間でもあります。
もちろん当時は体感であって思考力の延長線上で理解しているものではありませんでした。 また幼少の頃から金縛りはあって、今でも金縛りは肉体的なもので霊的要素は考えにくいのではと疑っている部分が多いのですが、当時は見たこともない様子や人、声などがあって怖くて… 両親は私がひきつけを起こしたと思い最初はビックリしたとよく話していました。それが高校生頃まで続くとさすがに親も日常化して私がうなされると「ほら またなってるよ。起きなさ~い」なんて軽い対応になるのは言うまでもありません。それから社会人になった頃には自分なりの能力の理解や理論をあてはめて意識するようになったのですが、私自身が霊能者として意識したのは友人の友人が霊能者だと聞いて会ってみたくて場に同席したのがきっかけだったかと思います。どんなもんか知りたくて同席して十数人の仲間やその場の方々が居る中に結果として霊視勝負の様な状態になってしまい…能力差もあったのでしょう、アドバイスの幅や深さが桁違いだったようで 口コミから様々な方々から相談を受ける様になった という事がきっかけであり初期です。

相談を受けることに関して特に不快感もなく また相談を受けた当初は相談者にもなにも起こらないのでそのまま月日が流れるのですが 後日 翌月 半年 1年後 2年後 と当時のアドバイスの事も忘れている頃にお礼を言われることが多くなりました。  「この能力でなにかしら人の力になれるんだな」 という事を実感し、相談を持ち掛けられれば(金品は無し 笑)ご相談を受けてアドバイスしていたのが中期です。

相談される事が多くなれば内容は様々になり、家系の事、人間関係(仕事・友人・近所・親戚)、恋愛や結婚、仕事の発展や方向性、子供(子育て・授かり・供養)、霊障・心霊写真・除霊・建築物の鑑定や相の話、土地、投資、会社のことなどなど それはそれは多岐にわたりで増えたことと、そのご相談は全てが真剣でそのアドバイスに責任が必要になったことも料金をいただくようになった今に至る一番の要因です。 もちろん真剣なアドバイスにはこれまでもこれからも変わりなくご相談内容に左右されることなく今も行っているのは言うまでもありませんが、ご相談を投げかけられたGINはアドバイスに対してはご自身の判断もあるために責任については負いかねるとしています。ただ、ご相談内容に対する責任、つまり守秘義務であったり 胸の内を他人であるGINにするという部分の責任がなにもない という事に気が引けたのと、アドバイスに対して対価をいただいてご相談いただいたその場で都度の終了を断言したかった という思いがあり今現在のスタイルになった経緯です。

私は、ご相談はGINの勉強の種とも感じておりご相談を拝受することは本当にありがたいことだと感じています。 しかしそのアドバイスはご自身の判断が薄れる要素になってはいけないもの、全てにおいて、GINや他人に頼ってしまうことはご本人の人生において意味をなさない事だと考えているためにご相談に対してアドバイスをすることでご自身の判断能力を駆使し促し決断の手助けが私の役目であり、ご相談に関しては相互に終了し繰り返さないことが望ましい という部分があります。 もちろん同様の悩みを再度いただく場合もありますがそれはその時までご自身で考え、迷い、経験をしてきた時間があります。 それこそがご相談されるご自身の糧(かて)だとも思いますし成長の種だと考えています。

そうしたご相談をなさる側とされる側(GIN)の距離感もバランスよくしたかった という意味で自分としては恐縮なのですが対価として御代をいただいている というのが今のスタイルです。

不思議体験談 父の体験の再現  数奇な何か

ほんの一例ですが書かせていただきました。
色々とある体験談などはブログで綴っていたりしますのでもしよろしければブログも宜しくお願い致します。 GIN バンコク 霊能者 のブログ

人魂(ひとだま)の話

父の実家は当時、トイレが離れにあって廊下を数メートル歩いた先にあったそうです。
そこで父が見たのは 人魂(ひとだま)。 その一度だけだったそうですが後に父親の母(私からすると祖母にあたります)曰く、祖父以外家族全員その人魂見てたそう。
人魂を見た父曰く「青白くて明るくて 大きさは人の頭位で 突然出てパッっと消えた」と聞いていたのですが実感湧かず当時は半信半疑だったのは当然です。

月日は経ちある日、GINは当時の彼女とドライブに出かけていた時の事。23歳前後でしょうか。
夜景のきれいな公園として有名な場所があり立ち寄りました。 有名な場所で人で賑わっているような場所なのにその日は人がまばらで10mほど離れた先にぽつりと1台の車があった程度でした。
ベストポジションだとはしゃいで車外に出て山肌から街を覗くと綺麗な夜景でした。
私はその山肌より少し手前で見ていて 山肌ぎりぎりまで進んだ彼女が気が済んだのか、こちら側に振り向いた瞬間、彼女の右横1m程度に出たんです 人魂。  父の言っていたものと全く同じだった。 青白く 凄く明るい 大きさは彼女の顔と同じか少し大きいくらい 1秒ほどしてパッっと消えた。。。  怖さもなく 周囲には霊的なものは(特に大きな影響があるもの)は無かったし なにより彼女の顔がボワッっと明るくなったのが印象的でした。思わず 見た? ↔ 見た とお互い確認してしまいました。   くっきり そして人の顔まで明るくなるってのは実態があったのかな?!と今でも不思議です。なにより私だけじゃなくて体験した人が別にも居たというのが不思議です。 私が引き込んでしまったのか?という思いもありますが、悪いことが起きたわけでもなく当時も悪い気は感じなかったので不思議体験として語っている次第です。

 色々をエピソード化

1 高校受験番号
誰もが通る受験 GINも例にもれず受験しました。 公立と私立を併願した時の事。受験番号は一生わすれることのない番号に。
先行した公立の受験テストはまぁまぁの自己評価で、私立は自分でも行かないつもりで後日受験しました。当時は合格通知が来ると聞いていたのですが直接学校に見に行くことになり公立合格。
初めての登校でクラスメイトと顔合わせ。出席番号(学校内の個人番号)が通達されました。
その番号はまさかの私立高校の受験番号と同じ。
月日が経ち社会人に。その会社に入ったときの社員番号がこれまたその番号というね。不思議です。

2 自分にとっての節目の日
バブル崩壊寸前の頃だったので景気は微妙な時期に就職活動が重なり 新社会人になるのが遅れました。そんな前職の入社月日がその後の人生にとっての大きな節目の全てに共通することになるとは思いもしませんでした。 入社日 赴任日 帰任日 退職日 結婚式の日 全部同じ日です。 合わせたつもりもないのですが同じ日になりました。 特に結婚式の日程は タイの政情不安により延期せざるを得なくなり、会場と相談しその日しか準備できなかった(お坊さんが来訪できなかった)となったり不思議なめぐり合わせです。

3 タイとの出会い
駐在することがほぼ決定しタイに初めて渡航することに。 渡航した日が2006年に起きたクーデターの当日 その時間。スワンナプーム国際空港がオープンする前でドンムアン空港に到着しイミグレを通過がほぼ0:00。 2006年9月19日 0:00が軍によるクーデターの時。それがGINのタイとの出会い。

4 旅行の先々がスレスレ
台北      タイに戻った3日後に大地震
マダガスカル  タイに戻った2週間後にクーデター
インドネシア  社長に許可されず宿泊料金を捨てたが宿泊先付近で爆弾テロ
ネパール
国内線移動の飛行機 機内に亀裂 シューシュー音があったが無事だった。 その2週間後 同便が墜落し全員死亡

5 蹴った石がまさかの・・・
ブータンに旅行に行き ブータン国内を旅行する中、偶然タクツァン僧院という断崖絶壁にある寺院の中に行けることになり急こう配の山登りをして進む途中にふと歩く場所におちていた手のひら1/4程度の大きさの石に目が留まり雑木林に軽く蹴り避けたが なにか気になり拾い、思い出にと許可を得て持ち帰った。 タイの自宅に戻り石を洗うと水晶だった。

このように GIN自身はなにもしてないのにこういった事象がよく起きました。
話すとエピソードになるので載せておきます。 実は代表例としてかきましたが まだまだ日常的によく起きるので書ききれません。

しかし最近 私自身の出生時にも驚きエピソードがあったのを知りました。
年齢がバレるのでここでは言いませんが もしお会いしたらお話しすることもあるかもしれません。

私はただの普通の人で特別でもなんでもない。
ただ ちょっと変わった能力があるみたいだから役に立てればと相談を承っています。というつもりだった。

でも色々とあるエピソード  なんでしょうね。
自分でも理由がわかりません。

GINの体験は色々と 周囲環境からの影響も?!

GINの体験談や 自身の行動と周囲環境の関係、また時系列で考えても その相関をみるとGIN自身が引き込んでいるのか?引き込まれているのか? またそういったタイミングの嗅覚なのか?などなど考えたくもなります。 それほど多いんでのす。

私はあまりこの言葉で片付けたくはありませんが 運命 と表現したくもなります。
運命 という不可抗力にもその生命の通過点で起きることが必然である という様なイメージで使われることが多いのですが 私はそうではないと考えています。
私自身 平穏無事な人生より色々とあったほうが生きがいがある そんな考えを幼少の頃からなんとなく感じていて 特別な存在への憧れ、そしてむしろ不思議な渦中にありたい などと思ったこともあります。それはおとなになるにつれて普通が良いということを知ることにもなりますが。。。

そういった自身の心持ちが引き込んでいるのか 察知しているのか ではないかなと思ってはいます。 とは何が起きるのか、どんな影響か、正か負か など様々に考えると答えはわかりません。
ただ結果としてこういった体験をしたことに変わりなく この様な変わった体験は 仕事に活かせる と今では感じています。

ほんの一部体験を描かせて頂きました。

現実とかけ離れすぎるのは それは現実ではないと思っています。
ただ現実を事実だけで見据えるのも それも現実ではないと思っています。

事実の中で疲れた精神をどう癒やしたらいいのか どう解決したらいいのか 問題点はなんだろう どうステップアップできるか など プラスへの働きかけをどうすればいいか ということはなかなか気づきにくいものです。
そういった部分のお手伝いが出来ればと思っています。

GIN は こんな考えの人 こんな人 です。

2025/08/28